2007年12月02日

先制PK弾!小笠原が引っ張った(スポニチANNEX)

【鹿島3―0清水】深呼吸を1度した後、小笠原は丁寧にボールをセットした。前半20分、同僚のマルキーニョスが得たPK。背番号40に迷いはなかった。こん身の力で右足を振り切ると、GK西部の手をかすめて左隅に豪快にゴール。「(PKを任されて)おいしいなと思った。それでチームが落ち着いた」。ゲームキャプテンのゴールでチームは緊張から解き放たれた。鹿島が最終戦の勝利を確信した瞬間だった。

 悩んだ末に7月3日にセリエAメッシーナから鹿島に復帰した。当時は18節を終えた時点で首位とは今季最大の勝ち点差11。「優勝するために戻ってきた」と話した小笠原はチームの緩んだ雰囲気にがく然とした。優勝を知らない若手が増えた鹿島はいわば仲良し集団。「相手を押しのけようという気持ちが足りない」と練習から100%の姿勢を見せた。イタリアではレギュラーもそうでない選手も毎日が真剣勝負だった。背中でチームを引っ張った。

 小笠原はこれで10冠中7冠を経験した。だが、9冠目の02年はまだ23歳だった。入団当初は優勝が当たり前だったが、ジョルジーニョ、ビスマルクの外国人やDF秋田らに引っ張られてプレーしていた。若いころは自分が交代を告げられると、悔しさのあまり自分に代わる選手を握手で送り出すことも忘れた。それが今はチーム全体を見渡している。2列目からボランチに下がると攻撃陣が気持ち良く動けるようにバランスを取り、得意の攻撃参加も自重した。

 5年ぶりのタイトルを「勝って当たり前のころに比べると今回は違う。自分が中心選手になってから何年もタイトルを獲れなくて苦しかった。みんながグラウンドで気持ちを出せたのが要因」とかみしめた。戦う気持ちこそ求めてきたもの。闘将と化した小笠原が鹿島を一段上へと成長させた。

http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2007/12/02/02.html
posted by 偏 at 21:47| NEWS